今週のメッセージ
イザヤ45:15-22
■宣教のことば
44章で、イザヤはクロスを油注がれた者(メシア)として紹介します。そして彼は、預言の通りイスラエルの民をバビロンから解放いたします。しかし、ユダヤ人にとっては、なぜ異邦人が自分たちを救うメシアなのか…、という戸惑いも感じていました。イザヤは陶器師のたとえを用い、神の主権とそのくすしいみわざを示します。クロスは、いわば主イエスの型と言ってもいいでしょう。やがて本当のメシアが来られることと、異邦人が救いにあずかる時代の到来が予告されているのです。
さて、次にイザヤは隠された神について語ります。しかし、なぜ隠されているかについては語りません。神は隠れているのではなく、そっと見守っておられるのではないでしょうか。そして、主イエスは、「隠れたところで見ておられるあなたの父」と神を示されました。
しかし、神は見出すことのできない方ではなく、探し求め、尋ね求めるならば見出すことのできる方であり、その見えない神を主体的に告白していくのが私たちの信仰なのです。
イザヤは最後に、異邦人への招きをここに示していきます。明らかに救いのターゲットは、ユダヤ人だけではなく全世界の民です。全世界が、主こそ唯一の神であることを知り、礼拝することが、神の人類に対する目的なのです。
隠れた神を仰ぎ見ることは難しいように思えますが、そのために私たちは召されているのです。見えない神を示していくのは、キリスト者の大切な使命なのではないでしょうか。
創世記17:1-8
■祝福への招き
13年経ちました。イシュマエルは13歳の少年となり、アブラム一家はそれなりに順調に平穏に生活していたのでしょう。
アブラム99歳のとき、神は現れ語られます。
「わたしは全能の神(エル・シャダイ)である。あなたはわたしの前を歩み、全き者であれ。」(v.1)
そして、「契約」という語が11回語られます。また、「アブラム」(高貴な父)(わたしの父は崇められる)という名は廃棄され、「アブラハム」(多くの者の父)と、神の意思を表す名が与えられました。「サライ」も同様に神によって「サラ」(王女)という名を与えられました。
そしてアブラハム一族のみならず、しもべ達も「割礼」を受けることにより、神の契約への応答がなされます。
また、明確にアブラハムとサラから生まれる子供の名「イサク」(彼笑う)と時期が示されるのです。自分の計画に生きるのではなく、神に全く服従する人「アブラハム」となったのです。